ビジュアル再現 村上城 ~3DCGでよみがえる村上城~ ロゴ
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下渡城跡

下渡城跡
下渡城遠望

■DATA

残存物:郭跡、切岸、土塁?
残存度:★★★★
藪化度:★★★

永禄の本庄繁長の乱で攻防戦

あまり城跡としては認識されていないが、三面川を挟んで村上城と対峙する位置にある下渡山(237.8m)には、かつて下渡城(下渡が嶋城)と呼ばれた中世城郭が存在した。本庄家の重臣・矢羽幾(やはぎ)氏の居城だったと伝えられ、当時「本庄城」と呼ばれた村上城の支城として機能していたと見て良いだろう。山頂からは現在の村上市街地はもちろん、本庄氏と抗争を繰り返していた旧鮎川領(旧:朝日村一帯)までよく見渡せる。

眼下に村上城を見下ろす絶好の位置を占めるため、永禄11年(1568年)5月に勃発した本庄繁長の乱では、一時、上杉方が占領するところとなった。しかし、本庄方がほどなく奪還し(※)、乱の終結まで持ちこたえたようである。上杉軍が半年あまりも本庄城を攻めあぐねた背景には、この城を本庄方が押さえていたために、十分な物見ができなくなったこともあるのだろう。

乱の終結後もしばらくは存続したようだが、慶長年間に描かれた「瀬波郡絵図」に「下渡が嶋古城」と記されていることから、この時点で既に廃城になっていたようだ。

下渡城より村上城を望む

■村上城(本庄城)を望む

村上城を監視する上で絶好のポイントである

(※)

永禄11年8月22日の上杉輝虎書状に「下渡嶋打明候由不及是非候」(下渡嶋を明け渡したそうだが止むを得ないことだ)との記述が見られる。

シンプルな構造

自然地形との区分が判然としないところもあるが、遺構としては、長軸100mほどの楕円形をした山頂部に1~4郭、西城道沿いに、5~8郭が確認できる(下図参照。郭番号は筆者)。

まず、山頂部の曲輪群であるが、主郭と思しき1郭の東西に2、3郭がほぼ一列に並ぶ構造である。郭間の段差は1m程しかなく、郭内の削平もかなり甘い。一応土塁と評価した1郭北西端の地形も、単なる自然地形と見れなくはない。このあたりの評価は観察者によってかなり異なりそうだが、主郭である1郭に対し、2,3郭はその前衛、もしくは虎口的機能を果たしていたのかもしれない。

これに対し、1・2・3郭の下4、5mに位置する帯曲輪(4郭)との間の切岸は相対的に加工レベルが高く、見分けやすい。4郭は南側で曲輪の外縁がややあいまいになるが、傾斜量図の表示等も勘案の上、同心円状の曲輪と評価した。

一方、山頂から西城道を10mほど下った位置に5郭、30mほど下ったところに6、7、8郭が確認できる。いずれも10m四方ほどの小さな削平地で、城郭遺構かどうかの評価は難しいが、いずれも細尾根上に占地し、眼下の城道を管制できる位置にあることから、ここでは防御意図をもって築かれた施設と判断した。特に7郭は、その手前で城道を斜めに這わせる構造をしているので、簡単な門か何かがあったのかもしれない。(※)

なお、東西2つの城道の両側は切り立った崖となっており、斜面からの敵の侵入はかなり難しそうだ。東城道沿いには、特に目立った削平地はないようである。

下渡城跡 略図
下渡城跡 郭跡

■1郭の様子

郭中心部から西側を見た状況。全般的に削平は甘い。奥は土塁らしき地形。

下渡城跡 切岸

■4郭から見た3郭切岸

郭内の削平は甘いが、周囲の切岸は高さ4~5m程ある。

下渡城跡 郭跡

■7郭(一応郭跡としたが…)

一応削平されている&手前の道を屈曲させる意図があるようなので郭跡と評価した。

(※)

新潟県教育委員会「新潟県中世城館跡等分布調査報告書」(1987)所収の図では5~7郭を記載している。

2つの城道の意味?

明瞭な虎口・堀切が見当たらず、郭内の削平も甘いことから、全体的に「物見で十分」という割り切りを感じさせる構造である。険阻な地形だけで十分な防御力があることに加え、もともと詰城的なポジションだったことがその背景にはあるのだろう。

だが、ここで一つ疑問が残る。それは2つの城道がある意味だ。下渡城には、現在メインの登城道となっている西城道のほかに、東城道(ほとんど獣道状態ではあるが…)という道も存在する。こちらを下ると、下渡集落から250mほど離れた畑地に出るのだが、実はこの畑地の小字名は「上屋敷」(※)である。

下渡集落で東城道が「古い道」と呼ばれていることを勘案すると、下渡城の根小屋があったのは現在の下渡集落ではなく「上屋敷」で、本来の登城道が東城道だった可能性もある。戦国期から2つの城道が存在したのか。それとも、西城道は近年になってつけられた新たな道なのか…? 道沿いの5~8郭の評価を確定する上でも、気になるポイントである。


※想像力にモノを言わせて、下渡城の主要部分を3DCGで再現(?)してみました。御興味のある方は「下渡城CG再現」もどうぞ!

(初稿:2007.01.04/2稿:2017.07.23/3稿:2017.08.11)

下渡城跡 堀切のない西城道

■堀切のない西城道

堀切が入って然るべき細尾根だが、特に細工は見当たらない。割り切った造りの城である…。

(※)

『村上市史 通史編1』232頁