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外郭土塁跡跡

外郭土塁跡跡
村上城 外郭土塁跡跡

■DATA

残存物:土塁
残存度:★★★
藪化度:★★

わずかに残る土塁遺構

かつて城下を何重にも囲郭していた総構えの土塁も、現在見られるのは、本稿で紹介する藤基神社裏手の一部と、別頁で扱う耕林寺門跡付近のごくわずかな区間のみになってしまった。

上の写真が藤基神社裏手(というか長井町裏)の現状である。左手に見える堤防上の土盛りがかつての総構え三之丸の土塁跡であり、約100mに渡って残存部が確認できる。各種古記録に高さ2間程度であったと記されているが、現存部の高さもおおよそ同程度であり、保存状況はそれなりに良好と言えそうだ。なお、奥手に伸びるコンクリート舗装の道路(暗渠)は、この土塁とセットになっていたかつての堀跡である。

正徳元年(1711年)に村上城を実測した記録である『村上御城郭』によると、城下を囲郭する土塁の総延長は、当時6000間(約12㎞)を超えていた。かつては、まさに城塞都市の名に恥じない総構えがめぐらされていたわけだ。

■遺構周辺図

青が堀、黒が土塁、囲んだ部分が残存部を示す。通りから奥まった位置にあるので見つけにくい。 (国土地理院「標準地図」を筆者加工)

土塁断面も要チェック

本来この土塁は、外郭門の一つである飯野門に接続していた。しかし、現在その位置には村上税務署が建ち、土塁も敷地境で切断されている。なお、現在の税務署が建てられたのは昭和40年代のことである。それ以前は現在の南線道路に接する位置まで土塁が残っていたそうだ。なんとも勿体無いことをしたものである。

だが、不幸中の幸いというべきか、切断された土塁の断面を、税務署の駐車場側から観察することができるようになった(汗)。左下の写真がそれだが、結構な高さと幅があることを実感できる。

にしても、これほどの土塁を、城下周囲に延々10キロ以上も築き上げた先人には、まったく持って恐れ入るほかない。

(初稿:2003.11.21/2稿:2017.07.23)